猫佐野

かわいい、黒猫が居た。

あれはもう、ずいぶんと昔の事のように思う。
実際の所15年以上前のことだから、昔、と言ってもいいはずだ。
僕はなかなか裕福な家に生まれた。
その所為か「坊ちゃん」として媚びられ、厭われ、避けられた。
媚びてくる奴らも放っておいたら居なくなった。

僕に友達は居なかった。

僕は昼休みになるといつも校舎裏に行った。
そこには人も来ないし、沢山の木々が生い茂っていて夏も暑くなかった。
一度うっかり寝てしまって掃除をサボったこともある。
とにかく心地のよい場所であった。

僕がそこに行くと先客が居た。
客、と言っても人ではない。
猫だ。
夜色した猫は、木陰にさえ溶けきれず、
そこに闇があるかのような存在感をもって横たわっていた。
僕は音を立てないように近づいたつもりだったのだが
やはり猫の耳には届いたようで、ゆっくり起き上がった。
「あ、ごめんね、起こしちゃって。寝てていいんだよ、何もしないから」
猫が理解できるとは思えないけれど、それでも僕は言わずには居られなくて声をかけた。
『・・・そか？おおきにー』
「え？」
にゃぁ、と鳴き声一つ残して、猫は再び横たわり、寝息を立て始めた。
「・・・・え？」
なんだったんだろう、今のは。
空耳だろうか。いや、空耳じゃない、でも。
「・・・・・・・・」
いや空耳だ。もしくは白昼夢。僕は何も聞いてない。
そう言い聞かせて僕は約束どおり何もせず、昼休みをやり過ごした。

翌日、いつものようにあの場所に行った。
だけどあの黒猫は居なくて、僕は安心したような、残念だったような、複雑な気持ちでそこに居た。
結局黒猫が来る事は無かった。

半月ぐらいたったある日、帰る途中で黒い影がよぎるのを見た。
僕が慌てて眼で追うと、そこには（多分あの、）黒猫が居た。
『あ』
果たして猫は「あ」を発音できるのだろうか。
猫はしまった、とでも言うように身を翻し、細い路地に入る。
僕は電光石火を使い、それを追いかけて、捕まえた。

『に、にゃぁー！にゃー！』
僕の手から逃れようと一生懸命暴れるのだが、その声はいかにも白々しい。
多分あれは空耳じゃなかった。
いや、空耳でもよかった。
ただこの猫が気になる、それだけが僕を突き動かした。
僕は来た道を辿り、学校の門をくぐって校舎裏についた。
猫は未だに暴れているが、何故か爪は立てなかった。
「猫さん、」
声をかける。耳が僅かに動いた。暴れ続ける。
「放すから、逃げないで」
猫は一瞬呆気にとられたようで、動くのをやめた。
僕はそっと猫を下ろす。
猫が僕を見上げて『にゃぁ』と鳴いた。
その眼には戸惑いの色が映っていた。
「ごめんね、いきなり捕まえちゃって。でも悪い事しないから。ね」
そう言うと猫は観念したかのようにとぼとぼと歩き、木陰へと移った。
だらりと寝転び、再び『にゃぁ』と鳴いてこっちを見た。
僕が傍に行くと、猫はふてくされたようにそっぽを向き、息を吐いた。
『そん歳で電光石火使えるとか、反則や』
呟きは小さかったけれど、僕の耳はそれを理解した。（理解できてしまった）
『んで何？俺をどないするつもり？』
悪い事せぇへん言うたから信用しとるでー、と乾いた笑いが聞こえる。
「？別に？どうもしないよ」
『はぁ！？』
猫は心底びっくりしたようで、その丸い目をさらに大きく見開いた。
『おま・・・変わり者もええところやで・・・』
「ねぇ」
『なん？』
「撫でてもいい？」
『は』
実を言うと最初に会ったときからそう思ってたんだ。

『ええよ』




終わりそうになかったのでほぼ打ち切り。
猫佐野パロの連載ネタを探り中。
微妙。